DXを進めようとすると、不安を感じる人も出てくる|”AIに仕事を取られるかも”という不安と、どう付き合うか

仕事効率化

「これ、システム入れたらもう少し楽になるんじゃないですかねぇ〜?」

そう言った瞬間、部屋の空気がすっと重くなる。そんな経験、ありませんか。

DXとかデジタル化とか、言葉はキラキラしているのに、いざ現場でやろうとすると、なぜか歓迎されない。むしろ静かに、じわっと不安の空気が広がる。以前、「改善を提案すると、なぜか反対される」という話を書きましたが、DXにはそれとちょっと違う、もう一段重たい空気があるように感じています。

たぶんそれは、「やり方が変わる」以上に、「自分の役割そのものが変わる、なくなるかもしれない」という不安が混ざってくるからだと思っています。

正直に言うと、わたし自身も「DXって結局何なの?」と聞かれたら、うまく説明できる自信がありませんでした。なので書く前に調べてみたら、むずかしく言うと「デジタル技術を使って、仕事のやり方や仕組みそのものを変えていくこと」らしいのですが、それでもあまりピンと来なくて、自分の言葉に直すと、「今まで手や紙、記憶でやっていたことを、システムやツールに任せて、めんどうを減らす工夫」くらいの感覚で捉えることにしました。むずかしい定義より、”めんどうなことが減る仕組み”、くらいで十分な気がしています。

不安を感じるのは、当たり前のこと

まず前提として、DXに不安を感じたり、渋ったりするのは、ごく普通の反応だと思っています。「困った人」にはしたくありません。

新しいシステムを覚える手間はシンプルにしんどいし、今までのやり方で十分回っているものを変える理由が、現場にとっては見えづらいこともある。それに、効率化・自動化という言葉の裏に、「じゃあ自分の仕事、そのうち要らなくなるんじゃないか」という不安がちらつくのは、むしろ自然な反応だと思うんです。

不安には、いつも理由があります。だから「抵抗」に見えるものの多くは、実は「変化そのもの」への反応じゃなくて、「進め方」や「伝え方」への反応だったりする。急に決まって、説明もなく降ってきたら、誰でも身構えますよね。

“AIに仕事を取られるかも”という不安について

正直に言うと、今わたし自身がこの不安のただ中にいます。AIやシステムが進化していくニュースを見るたびに、「自分の今の役割は、この先も必要とされるのかな」と、ふと手が止まる瞬間があります。

こういう不安は、根拠がないから消えるものではないな、というのが今のわたしの実感です。「大丈夫、なくならないよ」と言われても、それだけでは腹の底までは納得できない。むしろ、なくならないと言い切ること自体が、ちょっと乱暴な気もしています。

一方で、これまで現場でいろんなデジタル化・システム導入に立ち会ってきた中で見えてきたのは、仕事が消える前に、仕事の”形”が変わるという順番の方が多かったということです。入力作業がなくなった分、確認や判断や、人に説明する仕事が増えた。単純作業が減った分、例外対応や、システムがうまく拾えない部分をすくう役目が残った。なくなった、というより、重心が移った。そんな感覚の方が近い気がしています。

だからこの不安は、「なくなるかどうか」で白黒つけようとするより、「自分の役割がどこに重心を移していきそうか」を、少しずつ探っていく方が、心が疲れにくいのかもしれません。急いで答えを出さなくていい問いだと、自分に言い聞かせています。

効いた気がするやり方

DXを現場で進めるとき、効いた気がしていることをいくつか書いておきます。断言はできませんが、参考になれば。

小さく、しかも負担が減る形で試す。 全部を一気に変えるより、一番手間がかかっている一部分だけ、まず試してみる。それも「覚えることが増える」形じゃなく、「今やっている作業のどれかが減る」形で入れると、抵抗の温度がすこし下がる気がしています。たとえば、毎朝の集計だけ、この一枚の申請書だけ、というふうに変える範囲をあらかじめ小さく区切っておく。「ワークフロー全体がいつか全部変わってしまうかもしれない」という漠然とした不安そのものが、範囲を区切るだけで小さくなる気がしています。

“なくなる”ではなく”ラクになる”に言い換える。 同じ変化でも、「この作業はもうやらなくていい」と「あなたの仕事はいらなくなる」は、聞こえ方がまったく違います。実際に多くの場合、消えるのは作業であって、人の役割そのものではない。だから伝え方として、この違いを意識して話すようにしています。

相手の言葉に翻訳する。 「効率化」「自動化」という言葉は、聞く人によっては冷たく響くことがあります。同じ内容でも、「今より早く帰れるようになるかも」「ミスを確認する手間が減るかも」というふうに、相手の日常の言葉に置き換えると、受け取られ方が変わってくる気がしています。

先に触ってもらう、少し関わってもらう。 決まったものを説明されるより、途中の段階で「これ、使ってみてどう思う?」と聞かれる方が、人は前向きになれるものだと感じています。小さな部分でも、自分の意見が反映された実感があるかどうかは大きいです。

焦らない。 不安は、急かされるほど強くなる気がしています。「早く覚えて」「早く慣れて」ではなく、慣れるまでの時間そのものを、最初から工程に含めておく。急がば回れ、という感覚です。

それでも、DXが正解とは限らない

ここまで書いてきましたが、DXが常に正しいとも思っていません。人手でやった方が早くて確実なこともあるし、システムを入れることで、逆に一手間増えてしまうケースも見てきました。「デジタル化すること」が目的になってしまうと、本末転倒になる気がします。

大事なのは、変えること自体ではなく、変えた先で誰かの負担が本当に減っているかどうか、なのだと思っています。

まとめ

DXへの不安や抵抗は、「変化を嫌う人」のわがままではなく、多くの場合、正当な気持ちの裏返しです。特に「AIに仕事を取られるかも」という不安は、今のわたし自身がまさに抱えているものでもあり、簡単に消える種類のものではないと感じています。

だから、なくなるかどうかを急いで決めつけるより、自分の役割がどこに重心を移していきそうかを、焦らず探っていく。DXを進める側も、進められる側も、同じくらい不安を抱えていていい。そのくらいの温度で、これからも付き合っていきたいなと思っています。


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