前回の記事では、自分から辞めたいのに会社が引き止めてくる、というケースの「切り出し方」をお話ししました。
今回は、その真逆です。会社のほうが、あなたに辞めてほしがっている場面。
「ちょっと話があるんだけど」と呼ばれて、遠回しに退職をすすめられる。事情が逆なので、引き止められるときとはまったく別の心構えがいります。
そして、ここには静かなワナがあります。落ち着いて手順を踏めば防げるのに、知らないまま動くと、本来もらえるはずだったお金を自分から手放してしまうことがある——そういう話です。
いろんな職場を渡り歩いてきましたが、追い込まれるように辞めていく人ほど、この仕組みを知らないまま損をしているように見えました。だからこそ、今回は「気持ち」より先に「手続き」の話を書いておきます。
※この記事の制度の説明は2026年6月時点のものです。数字やルールは変わることがあるので、実際に動くときは念のため最新の情報を確認してください。
「退職勧奨」は“お願い”であって、命令じゃない
まず、いちばん大事なところから。
会社が「辞めてほしい」とすすめてくることを 退職勧奨(たいしょくかんしょう) と言います。これは解雇とは違います。解雇は会社が一方的に切ること。退職勧奨は、あなたの「はい、わかりました」という同意があってはじめて成立するもの。つまり、ただのお願いです。
ということは——断る権利があります。
すすめられても、応じる義務はありません。「今のまま働き続けたい」と思うなら、そう答えていい。合意しなければ、退職は成立しません。
だから、こう覚えておいてください。
その場で返事をしない。退職届をその場で書かない。「持ち帰って考えます」でいい。
これだけで、勢いで損をするのをだいぶ防げます。
ちなみに、断ったあとも執拗に呼び出して退職を迫り続けるのは、もはや「勧奨」ではなく違法な 退職強要 にあたることがあります。何度も面談を繰り返す、侮辱的なことを言う、その場で退職届を書かせようとする——こういう行為は、過去の裁判でも違法と判断されています。「これはおかしいな」と感じたら、それはあなたの感覚が正しいサインです。
いちばん怖いのは、自分から「辞めます」と言ってしまうこと
ここがこの記事の核心です。
退職勧奨に応じて辞めた場合、失業保険の上では原則として 「会社都合(特定受給資格者)」 という扱いになります。これは、会社からの働きかけで辞めたのだから、自分の都合で辞めた人より手厚く守りますよ、という制度です。理由が業績不良でも、人員整理でも、「能力不足」と言われた場合でも、勧奨で辞めたなら会社都合です。
ところが——現実には「自己都合」として処理されてしまうことが、とても多い。
会社が離職票に「自己都合」と書いて出すと、あなたが何も言わなければ、そのまま自己都合で通ってしまいます。すると失業保険のスタートが遅れ、もらえる金額や日数も減ってしまう。
そして罠なのが、追い込まれたあなたが自分から先に「もう辞めます」と言ってしまうことや、言われるまま「一身上の都合により退職します」と退職届を書いてしまうこと。
実は、「一身上の都合」と書いた退職届を出していても、実態が会社からの働きかけであれば、ハローワークの調査で会社都合と判定してもらえます。でもそれは、あなたが「違います」と声を上げた場合の話。自分から辞めると言った形を作ってしまうと、その「実態」を主張しづらくなってしまうんです。
だから、覚えておいてほしいのはこれです。
会社が辞めさせたがっているなら、自分から「辞めます」と言ってあげる必要はない。
なぜ“自己都合”だと損なのか
「会社都合か自己都合か、そんなに違うの?」と思うかもしれません。これがかなり違います。
- 受給のスタート:自己都合だと、7日間の待期に加えて給付制限があります(2025年4月の改正で、原則1か月に短縮されました)。一方、会社都合(特定受給資格者)なら給付制限がなく、待期の7日が明ければすぐに受給が始まります。
- もらえる日数:特定受給資格者のほうが、給付日数が手厚く設定されています。
- 受給の資格:通常は「過去2年で被保険者期間12か月以上」が必要ですが、特定受給資格者なら「過去1年で6か月以上」で受給資格を得られます。
さらに、特定受給資格者は 国民健康保険料の軽減 の対象にもなります(これは[会社を辞める前の準備リスト]で触れた「健康保険・年金の切り替え」とつながる話です)。
つまり、同じ「辞める」でも、扱いがどちらになるかで、手元に残るお金も、生活の立て直しやすさも、はっきり変わるということ。これは「あなたの価値」の話ではなく、純粋に「手続き上どう記録されるか」の話なんです。
自分を守る、3つの動き
むずかしいことはありません。やることは3つだけです。
1. その場で「辞めます」と言わない/退職届をその場で書かない
何を言われても、まずは持ち帰る。「考えさせてください」で十分です。勢いで一言サインしてしまうのを防ぐ、いちばんの守りです。
2. やりとりを記録しておく
いつ・誰に・どんなことを言われたか。面談の日時、内容、メールやチャットがあれば残しておく。これは[会社を辞める前の準備リスト]でお話しした「証拠は辞める前にしか集められない」とまったく同じで、あとから「会社の働きかけがあった」と示すための材料になります。
3. 離職票が届いたら、離職理由の欄を必ず確認する
ここを見ずに手続きを進めてしまう人が、本当に多いです。もし「自己都合」になっていて、実態と違うと感じたら、異議を申し立てられます。 離職票の「具体的事情記載欄(離職者用)」に本当の事情を書き、「離職者本人の判断」の欄に“異議あり”と記入して、ハローワークに伝える。最終的にはハローワークが、あなたと会社の双方の話を資料に基づいて確認して判断します。だからこそ、2番の「記録」が効いてくるんです。
<コラム>面談を録音してもいいの? ──むしろ、あり、です
「記録しておく」と書きましたが、いちばん確実なのは録音です。ここは不安に思う人が多いので、少しだけ掘り下げておきます。
結論から言うと、面談を黙って録音しても問題ありません。あなた自身がその会話の当事者だからです。第三者の電話を盗み聞きするような「盗聴」とは違って、自分に向けて話された内容を自分で記録しているだけ。だから、退職勧奨や面談の録音は、基本的に合法とされています。
証拠としての力も、いまの裁判ではしっかり認められています。退職勧奨の場面で本人がこっそり録音していた音声は、民事の裁判で証拠として採用される可能性が高い、というのが現在の実務です。会社側が「無断録音なんて証拠にならない」と主張しても、その言い分はあまり通りません。
そして録音には、メモにはない強みがあります。怒鳴り声、机を叩く音、ため息まじりの冷たい口調——そういう「その場の空気」まで、そのまま残せること。「執拗だった」「威圧的だった」を言葉で説明するより、ずっと雄弁です。
やり方はシンプルで、面談がありそうだなと思ったら、事前にスマホかボイスレコーダーを準備しておく。相手に「録音します」と告げる必要はありません。
ひとつだけ気をつけたいのは、これは「その面談を録る」に限った話だということ。会社が録音を禁止しているのに、職場で一日じゅう録り続けるような使い方は別問題で、トラブルのもとになります。あくまで、自分の身を守るために、その場面だけ。そう割り切っておけば安心です。
それでも辞める方向で話がまとまったら
考えた結果、辞めること自体は受け入れる、という選択もあると思います。そのときも、押さえておくのはここだけ。
- 退職届の理由を、言われるまま書かない。 会社の働きかけで辞めるなら、それは自己都合ではありません。
- 離職票が「会社都合」になっているかを確認する。 ここが最後の関所です。
- 退職日・退職金・有給の消化といった条件は、口約束ではなく書面で残してもらう。
会社が辞めさせたい側のときは、こちらが落ち着いて整理するほど、条件はこちらに不利になりにくくなります。
おわりに:あなたは、自分の価値を証明しなくていい
「辞めてほしい」と言われると、多くの人が、自分が悪いんだ、能力が足りないんだ、ミスばかりだから必要とされないんだ——と、自分を責めてしまいます。その気持ちは、とても自然なものだと思います。
でも、ひとつだけ思い出してほしいことがあります。会社が「辞めてほしい」と言うのは、たいてい、会社のいまの都合から出てくる言葉です。それは“あなたという人間の値打ち”を決める言葉ではありません。あなたの価値は、ひとつの会社が「いる・いらない」で増えたり減ったりするようなものじゃない。たまたま、この会社のこの席に、うまくはまらなかった——ただそれだけのこと、ということもあるんです。
そして、もうひとつ。「自分には価値がない」と思い込んでしまうと、人は不思議と、自分の権利まであきらめてしまいます。言われるまま退職届を書いて、離職票も確かめずにサインしてしまう。だから、自分を卑下しないことは、ただの気休めではなくて、あなた自身を守る力になります。
大丈夫です。あなたは、自分の価値を証明しなくていい。ただ落ち着いて、自分から辞めると言わない、記録を残す、離職票を確かめる。
それだけで、本来受け取れるはずのものを、手放さずにすみます。
もし「もう限界で、戦う気力もない」というときは、無理に踏ん張らなくて大丈夫です。逃げることそのものは悪いことじゃない、という話は〔会社を辞めた方がいいサイン〕に書きました。
辞めると決めたあとの伝え方は〔引き止められない退職の切り出し方〕に。
そして、辞める前にやっておきたい準備は〔会社を辞める前の準備リスト〕にまとめています。
そして、これ以上は一人で抱えなくて大丈夫です。「これはもう退職強要かも」と感じたら、各都道府県の労働局や労働基準監督署にある総合労働相談コーナー(無料・予約不要・秘密厳守。最寄りの窓口は厚生労働省のサイトで探せます)に相談できますし、もっと踏み込みたいときはお住まいの地域の労働組合(ユニオン)や弁護士という選択肢もあります。
この記事を読んでくださったあなたが、どうか損をしない辞め方を選べますように。


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